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五味川純平 「人間の條件」
2010.07.28 Wednesday | category:本
物語の舞台は主に戦時下の満州、主人公の名は梶。現地での日本の鉄鋼産業に奉職する一青年です。
彼は、戦時下という特殊な状況の中で、人間らしく生き、行動することを望んだがために、そのヒューマニズムのために、自ら生きづらい道へと徐々に追い込まれてしまいます。
会社の労務管理の職にある彼は、捕虜の工人の扱いをめぐって会社と対立する。
故無き罪で処刑される満州人を救おうとして憲兵に連行され拷問を受ける。
応召免除の契約を取り消され、ソ満国境の軍隊に送られれば、上等兵と対立し、激しいしごきにあう。
ソ連との開戦後、敗走する中でもヒューマニズムを貫き通し、心身ともにボロボロになっていく。
ソ連軍の捕虜となり、さらに過酷な運命を選択していく終巻。
物語が進むに連れ、梶をめぐる状況はどんどん悪くなっていくのです。
戦争は人の心に狂気をもたらすようです。
立場的に自分より弱いものの人間性は一切顧みられない。
そう思ってしまった時点で、その人物も人間性を失っているのです。
暴力が横行し、生命の価値が軽んじられる異常な状況下で梶は(筆者の五味川純平氏は)これでもかというくらい、ヒューマニズムにこだわり続けます。それこそが、この作品のタイトルの所以なのでしょう。
しかし、ただ単にヒューマニズムを謳っただけの作品でもありません。
梶は愛する妻の元に返ることを強く望み、敗走する中でも、必死に帰ろうとします。
その中で、生きるがために、愛するもののもとに帰るために、闘わざるを得ない場面に幾多も遭遇します。
自分が生きて帰るためには、相手の生命をも奪わなければいけない。そのたびに懊悩する梶。
修羅場をくぐり抜けるたびに、精神的にたくましくなっていく梶も、その狭間で逡巡してしまうのです。
そこに表出するのは人間の弱さ。
この作品のベースにあるものは、戦争という化物が、これでもかというくらい人間の尊厳を蹂躙していくことに対しての強い怒りであると思います。
若き頃を満州の軍需会社で過ごし、のちに応召され、国境での転戦経験のある五味川純平氏の実際の経験をもとに書かれたようで、それだけに物語はリアルで、どの場面においても、読者の心は強く揺さぶられることでしょう。
壮絶かつ静かなラストシーンは、深く、そして強く胸に突き刺さります。忘れ得ないラストシーンとなるでしょう。
この小説は50年前に仲代達矢主演で映画化され(全6部、9時間30分!)高い評価を受けたにもかかわらず、原作はこれまでに2度の絶版を受けています。
さいわい今は岩波現代文庫で読むことができます。
どんな名作でも出版社の都合で、知らない間に絶版の憂き目にあう昨今。合わせて2000ページの大部ではありますが、読めるうちに読んでおきたい名作です。時間をかけて読むだけの価値のある作品です。
★★★★★
新橋演舞場 七月大歌舞伎
2010.07.26 Monday | category:芸能

歌舞伎座の建て直しにともない、江戸の大歌舞伎を託されたのは新橋演舞場。
歌舞伎座さよなら公演の連日の大顔合わせ、華やかな演目による興奮もおさまり、空席も目立つ新橋演舞場はなんとなく落ち着いた雰囲気でした。
夜の部は歌舞伎十八番の内「暫」、世話物の「傾城反魂香」、舞踊劇の「馬盗人」
それぞれともに、團十郎、吉右衛門、三津五郎が持ち味を発揮して期待を裏切らないすばらしい内容でした。
歌舞伎の様式美を荒事の手法でおおらかにユーモラスに表現して、何度観ても飽きない「暫」
大病を乗り越えた團十郎のでっけぇ芝居は健在で、今回は花道が見える席だったので、「つらね」も「六方」も充分に堪能できました♪
どんな役でも器用にこなし、観客を楽しませることを忘れない吉右衛門が表情豊かに演じれば、芝雀、歌昇、歌六が実に堅実にワキを演じ、見応えのあるドラマになった「傾城反魂香」
ここでは初代から播磨屋を支えたという吉之丞が、実に味のある老女形を見せてくれます。
驚いたのは「馬盗人」
買った馬を曳いて帰る百姓からその馬を奪おうとする盗賊とのやり取りをコミカルに舞踊で描いた一幕。もう、爆笑ものです。
この舞踊劇の主人公は、踊りと言えばの坂東三津五郎ではなく、二人の黒衣が入ったかぶりものの「馬」なのです!
この馬が女形のように艶っぽく舞ったり、花道七三で見栄を決めたり、六方で下がったりの大活躍。客席は大爆笑です。
歌舞伎の伝統性を逆手に取ったようなこの舞踊劇には、その歌舞伎のおおらかさがあふれていました。
まるでお伽噺の絵本のような舞台背景やその転換も可愛かったです。
新橋演舞場七月大歌舞伎の結論。
「歌舞伎」は日本人の心の幸せは何たるかを教えてくれるのです。
筑波山
2010.07.05 Monday | category:山

筑波山に登ってみました。
日本百名山の一つに挙げられるとはいえ、1000mに満たない標高と都心からのアクセスの良さやケーブルで山頂近くまで上がれる利便性から、高尾山並みの通俗的なイメージを持っていました。
山慣れしてない私にだって楽勝でしょ♪
ところがどっこい、登りに選んだ御幸ケ原コースと呼ばれる登山道は、心地良い野鳥の声がBGMにあるとはいえ、うっそうとした森の中をグイグイと登らされ、思ったよりもハード。
おまけに梅雨真っ盛り。ぬかるんだ地面、トレッキングシューズで磨かれた岩、ちょっと気を抜くとつるつるズルズルと滑ります。

汗だくになって2時間ほど登ったところで一気に視界が開けますが、そこは山頂ではなく、ケーブルの駅。
実は筑波山は、男体山と女体山の二つの頂上を持つ双耳峰で、ケーブルの駅はその踊り場的位置にあります。鞍部というのですか。
そこから女体山の頂上まではほんの20分ほどですが、ゴツゴツした岩の固まりであるこの頂上からの眺めがすばらしいです。
大きく広がる関東平野のパノラマ的眺望はいくら見ていても飽きないほど。
自分の脚で山に登った感動はここにあり、ですね。
しかしここの山頂、高所恐怖症の人はあまり先端までは行かない方が良いようです。足がすくみます…

女体山から麓の筑波神社まで直に下るのは白雲橋コース。やはりうっそうとした森の中でしたが、さまざまな奇岩、巨岩が目を楽しませてくれる飽きないルート。
こちらもグングン高度を下げるので、ところどころにクサリ場(もどき)などもあって、やはり足元から気が抜けません。


山頂以外は視界が開けない森の中を淡々と往くルートではありますが、都心から気軽にアタックできる楽しい山でした。
そして離れて眺めれば、二つのピークを持つその姿が美しい、形の良い山でした。
侮れません。筑波山。
しかし、山頂付近に電波塔が多いのは興ざめ。どうにかならんか。
青切符をありがとう
2010.06.18 Friday | category:日暮里谷中かいわい

谷中は三崎坂を登りきって上野桜木町方面に向かって道がカーブする辺り、ガソリンスタンドの横に谷中霊園内へとショートカットできる路地があります。
わたくし、よく使います。
今朝のこと、その道から霊園に入ろうとしたところ、つきあたりに立ってた、絶対糖尿病でしょ的な体格のおまわりさんが「おいでおいで」をしてるじゃありませんか。
何かおいしいものでもくれるのかなー♪と素直にしたがったところ、
「旦那さん、旦那さん、ちょっとおりていただいて、この標識見てください」と来た。
おめぇに旦那呼ばわりされる筋合いはねぇぜと思いながら、見てみるとこんな標識が。

あら、なんでしょ、これ。
この界隈はもう30年近く車を走らせてますが、こんなのが突っ立ってたのはまったく気づきませんでした。
「旦那さん、これなんの標識だかわかりますか?」
「さぁ?『パパー、自転車買ってー♪』ですか?」
「違いますよ、これはね、朝の8時から夕方の6時まで車は通行禁止なんです」
「んなこと言ったって知らないですよ、そんなの。こんなのがあるの、今初めて知りました」
「標識はよく見てくださいね、旦那さん」
「いや、だって、谷中小学校の前の道が工事で通れなかったんですよ」
「関係ないでしょ。だったらあっちの信号の方から入ってくれば良いんですよ、旦那さん。こっちにはちゃんと標識が立って通行禁止になってるんだから」
「……」
「納得できないでしょうけどね、仕方ないんですよ、旦那さん。我々も仕事ですし。はい、青切符ね。2点減点で7000円ね。6月25日までに所定の金融機関に云々…、申し立てがある場合は云々…」
もう最後の方は聞いちゃいません。
今までに何度も聞いたことがあるから知ってます。
しかしだ、気に入らないのは、切符を切ったり手続きをしてる間にも、この路地からバンバン車が出てくるのですよ。次から次へと。
「あー、おまわりさん、あの車は捕まえないでいいの?」
「あー、行っちゃったねー」
「……」

暑い中の切符切り、ご苦労様です(厭味)
日暮里谷中界隈にお住まいのみなさま、谷中7丁目のJOMO脇の路地通行にはご注意ください。
新田次郎 「富士山頂」
2010.06.16 Wednesday | category:本

その秀でているところは、ただ単に、山の厳しさや美しさを書き連ねるのではなく、それと対決し克服しようとする人間の挑戦やその情熱をつぶさに描くことで、それを際立たたことではないかと。
この「富士山頂」は、高度経済成長期の昭和38年に、世界一の気象レーダーを富士山頂に設置した男たちの物語です。
実際に新田次郎さんは、当時の気象庁に席を置き、測器課長としてこの事業の責任者として関わっているのです。
この小説の主人公である葛城章一は、副業として作家の顔も持っており、事業成功後に依願退職し、作家に専念します。葛城章一は、そのまま新田次郎さんそのものと思っていいのでしょう。
標高3774mの山頂にレーダードームを設営するという難事業に挑んだ男たちの自然との闘い、組織の軋轢、そして情熱、現場に携わった新田次郎さんだからこそ描けた物語は真に迫ります。
山岳小説としても、社会派小説としても、実に読みごたえのある硬派な作品でした。
宮尾登美子 「きのね」
2010.06.14 Monday | category:本

主人公である光乃が、上野は池之端にあった口入れ屋で斡旋を受けた奉公先は梨園に名を轟かす名門の家でした。
その長男に恋してしまった光乃は、さまざまな苦境を耐え忍び、やがてその子を宿し育て、健気に烈しく生きていきます。
貧しい家に生まれながらも、歌舞伎界名門の宗家に嫁すことになった女性の数奇な運命と、その女性を通して描かれる昭和史。
読み始めたときは、歌舞伎界を舞台にしたまったくのフィクションだと思っていたのですが、読み進めるにつれ、登場人物たち(特に役者)の名前が実在の人物に似ていること、物語の枝葉であるエピソードが聞き覚えのある実話と同じであったことなどに気づきました。特に高麗屋三兄弟。
著者の宮尾登美子さんは、先代市川團十郎丈の奥様であった堀越千代さんの波乱の一生を知って、どうしても小説として残しておきたいと思い、丹念な取材を重ね、この本を書き上げたそうです。
どんなにつらい目にあいながらも、離れることができない強い想いを抱き続け、それが叶った後でさえも、スキャンダルを怖れ、日陰の身に甘んじる日々。
ようやく正妻として認められたのも束の間、想う人は歌舞伎界を背負って立つ名跡を襲名後ほどなく病魔に侵され、やがては自分も結核に倒れる…
もうね、絵に描いたような昭和のドラマです。主役は新珠三千代さんで決まりです。
歌舞伎ファンは必読でしょう。芝居を知ってればこそ、楽しめる場面がたくさんあります。
しかし、当代團十郎丈のお父さんは怖い人だったんですねぇ。いまだったらDVで離婚され裁判沙汰間違いなしです。
その姿を見たからこそ、当代はやさしくおおらかな人柄になったのでしょうか。
隔世遺伝の声が高い海老蔵はだいじょうぶか?(笑)
しかし、成田屋の歴史こそが波瀾万丈。
「市川團十郎」という名を襲うことの凄まじさが伝わってきます。
トム・ロブ・スミス 「チャイルド44」
2010.05.31 Monday | category:本
舞台はスターリン恐怖政治下の旧ソ連。
元国家保安省の敏腕捜査官が、別々の事件として処理されていた少年少女の殺害事件に共通性を見出し、連続殺人として個人的な捜査を始めます。
主人公の刑事は、国家(組織)の反逆者として保安省から追われる身になりながらも、ジワジワと真犯人に迫っていきます。
そして、その意外な犯人とは…
実にエンターティメント性の高い小説です。
プロットの巧みさ、本を閉じることを許さないサスペンスあふれる展開、個性的でキャラの立った登場人物、そしてドラマ性の高さ。
昨年の海外ミステリー部門の話題をかっさらっただけのことはあります。
でもね、わたくし、もうすぐ50です。
こうね、やたらと血が流れる場面とか、残虐きわまりない殺人方法とか、読んでて痛くなってくるような拷問を使った取り調べとか、年々苦手になってるのです。
いやいや、この本にケチをつけてるわけじゃありません。
かなりおもしろい部類に入るサスペンスミステリであるのは間違いありません。
でもね、わたくし、もうすぐ50です。
こういう作品よりは、「茗荷谷の猫」とか「鬼平犯科帳」とかの方が安心して読めるなと。
いやいや、けっして、この本にケチをつけてるわけじゃありません。
かなりおもしろい部類に入るサスペンスミステリであるのは間違いありません。
ほんとです。
でもね、わたくし、もうすぐ50になるコテコテの日本人です。
ミハイル・スヴャトスラヴィッチとかフョードル・アンドレエフとかワーラム・ヴァビニッチとか、次々と出てこられても名前を覚えられません。誰が誰だかわかりません。
できれば、鎌倉権五郎景政とか浅野内匠頭長矩とかでお願いします。
さよなら、ロニー
2010.05.22 Saturday | category:音楽
初めてロックコンサートなるものに足を運んだのは中学3年の冬、武道館でのRITCHIE BLACKMORES RAINBOWの2度目の日本公演でした。
高校受験を一ケ月後に控えた1月22日、ぶつくさ文句を言う親を振り切って、3800円の2階席のチケットを握りしめて、悪友と二人で行った日本武道館。
ブリティッシュハードロックの洗礼を受けたのは、今にして思えば、まさしくそのときでした。
なけなしの小遣いをためて、初めて買ったLPレコードは「RAINBOW RISING」でした。
あの頃、AMラジオから頻繁に流れてきた「STARSTRUCK」のイントロに、その後の人生を大きく変えられました。
リッチー、ロニー、コージーのいわゆる三頭政治のRAINBOWを観ることができたのは本当に良かったです。
その後、この三人が揃ったRAINBOWの再結成を何度願ったことか。
しかし、12年前、車好きのコージーパウエルが交通事故で早逝し、つい先日、ロニージェイムスディオが亡くなりました。胃癌だったそうです。
もっとも早死にしそうだったリッチーブラックモアを残して、二人とも逝っちゃったわけです。
決して器用なボーカリストではなかったし、チビでルックス的にも恵まれてたわけではないけど、カッコよかったロニー。
イアンギランやデビッドカヴァーデイル、ジョーリンターナーなどと比べたら、ほんとにダサかったロニー。
でも、わがままいっぱいで中世ロマンティシズムあふれた頃のリッチーのギターにもっともマッチしたのはロニーのどろ臭いボーカルでした。
さよなら、ロニー。
Long Live Rock And Roll !
吉村昭 「蛍」
2010.05.14 Friday | category:本

新婚旅行のための特別休暇欲しさに、絞首刑の支え役を買って出た看守の心の葛藤を描いた「休暇」は、最近映画化されて話題になった作品。
その他、眼球移植を専門とする老医師の一夜の思念を著した「眼」、幼い弟を川で事故死させた少年の内心を、これでもかというくらい凝視した「蛍」、空襲で焼け野原となった東京で死と性の狭間に戸惑う男を描いた「橋」などなど、この短編集に収められた作品の多くに共通するのは「死」であり、魂を失って無機的なものになった肉体。
吉村昭さんは、「死」に対して無力な主人公たちを冷静に見つめ、動かない「心の動き」を描きます。
生けるものは「死」に対して傍観するしかないという無常観の漂う作品集から、吉村昭さんの視線が読者に伝わり、静かに心にしみます。
木内昇 「茗荷谷の猫」
2010.05.14 Friday | category:本

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